競  馬  よ  ろ  ず  館




競 馬 ・ 競 走 馬 の 歴 史
競馬の歴史
人類が馬を家畜として飼うようになったのは紀元前4000〜3000年前頃と言われています。
そして、紀元前800年にはすでに競馬が楽しまれていました。当時の競馬は、現在のように馬に跨るのではなく、
2輪の戦車をひかせた、トロット(繋駕(けいが)速歩競走)と呼ばれるスタイルで行われていました。
その後スポーツ化されて、古代オリンピックの種目にもなり、現在でもヨーロッパを中心に海外などで行われています。
現在のような近代競馬は、イギリスが発祥で、王侯貴族が自分の持つ馬の速さを競い合う事から始まり、そのことから
「スポーツ・オブ・キングス」と言われています。
日本で最も古いのは、大宝元年(701年)に馬の競走が行われたという記録があります。
その後、朝廷が主催する「うまくらべ」、公卿大臣が主催する「路上競馬」、神社が主催する「祭典競馬」と発展していき、
「洋式競馬」が行われたのは、1862年に横浜で居留外国人によって行われたのが最初とされています。
そして、日本人による競馬が行われたのは明治時代に入ってからの事でした。

競走馬の歴史
近代競馬発祥の地であるイギリスが、17〜18世紀にかけ繁殖用に約200頭の東洋種の牡馬(オス)を輸入し、
自国の牝馬(メス)と交配させたのが始まりです。しかし、長い年月の中で強い馬の血統だけが残り、現在世界中の
サラブレッドの父系を辿っていくと、バイアリーターク(1680年生)・ダーレーアラビアン(1700年生)・ゴドルフィン
アラビアン(1724年生)の3頭のみとなり(それ以前については正式な記録がない為不明。)、これをサラブレッドの
三大根幹馬、または三大始祖と呼んでいます。また、血統登録書として発刊されている『ゼネラル・スタッドブック』
第1巻(1793年)には、102頭の牡馬と387頭の牝馬が記録されています。

競走馬って?
現在競走馬というと誰でも頭に思い浮かべるのが【サラブレッド】と言われる軽種です。
しかし、その他にも【アラブ馬】や【ばんえい(挽曳)馬】などがいます。
 【ばんえい(挽曳)馬】
 北海道の和種馬に、力の強い洋種馬(ペルシュロン、ブルトン、クライスデール、ベルジャン種など)を交配させた、
 重種または中間種の馬。ばんえい競馬と呼ばれる競走では、1トン近い重量(そり)を引いてレースをする為、
 馬も堂々たる体格で、体重も1トン近くある。
 【アラブ馬】
 サラブレッドの原種で、サラブレッドと同じ軽種だが、アラブ血量によりサラブレッドと区別される。
 サラブレッドより速さは劣るが、負担重量に強い面がある。
 【アングロアラブ】
 サラブレッドとアラブの混血種で、アラブ血量が25%以上ある馬。軽種。
 【サラ系】
 サラブレッドとアラブの混血種で、アラブ血量が25%未満の馬。軽種。
 サラ系馬とサラブレッドを交配させていくと、その8代目からサラブレッドとみなされる。

血統って大事なの?
サラブレッド【Thoroughbred】の語源を辞書で調べてみると、『完全な、徹底的な【Thorough】』、『同種交配を繰り返す、
品種改良されたもの【bred】』とあります。競走馬は何よりも血統が重要視され、血統がはっきりしない競走馬が、競走
馬として世に出る事はありません。この様な事から、競馬の事を『ブラッド・スポーツ』とも言います。
その為、日本でも伝統のある大きなレースにセン馬(去勢された繁殖能力のない牡馬)が出られないのも、こういった
理由があるからなのです。

サイヤーラインってなに?
サイヤーとは父馬の事で、その父馬の系統をサイヤーラインといいます。
ここでは、上でも述べた三大根幹馬について、もう少し書いていこうと思います。
 【ダーレーアラビアン】
 現在世界中で最も繁栄している血統で、全サラブレッドの90%近くがこの血統です。
 5代目にエクリプス(1764)という名馬を輩出した事でこの血統が栄え、その後エクリプス自身の産駒も活躍し、
 大きな流れを作り出した事から、この系統をエクリプス系と呼ぶようになりました。その後、エクリプスの血を
 ポテイトーズ(1773)と、キングファーガス(1775)の2頭が引き継ぎ、その後いくつかの血統に分かれていきま
 したが、ポテイトーズの血統からネアルコ(1935)という歴史的名馬が誕生し、その血統がいくつかの系統に
 分かれ、今では全世界の70%以上にネアルコの血が入っていると言わる程、一大サイヤーラインを築きました。
 その他にもナスルーラ系、ノーザンダンサー系などがこの血統です。
 【ゴドルフィンアラビアン】
 本格的に栄えだしたのが3代目(孫)のマッチェム(1748)からで、その8代目に競馬史上初のイギリス3冠馬
 ウエスト・オーストラリアン(1850)が出て、その血統がアメリカに渡り、マンノウォー(1917)、ヴェンチア(1957)、
 インリアリティー(1964)などに受け継がれています。
 【バイアリーターク】
 種牡馬としては他の2頭より劣るが、4代目のヘロド(1758)の活躍により、その血を現在まで残す事が出来た。
 ヘドロ系はエクリプス系と並んで栄えたが、その後絶滅寸前まで大きく落ち込み存続が危ぶまれました。
 しかし、ザ・テトラーク(1911)と、トウルビヨン(1928)の活躍がその危機を救う事となり、トウルビヨンの血統
 からは、パーソロン(1960)が輩出されています。



戻  る